その男がどこから来たのか、誰も知らなかった。
いつのまにか誰もが知っていて、どこにでもふと現れるような存在のその男に、誰もが注目するようになっていた。
男はまだ若く、黒く長い髪を後ろに束ねていた。服装は現代のものとはほど遠く、一枚の布をうまく巻いてまとっているだけで常に裸足だった。まるでギリシャ神話にでてくる神のような格好をしていた。
その男は次第に皆から「救世主」と呼ばれるようになった。
なぜならその男は、通常の人間では考えられない力を備えていたからだ。
男が思ったことを言うと、大小問わず、男が「悪」と判断したものに対して処罰を与えることができたからだ。
その男は「思うものを消し去ること」ができた。
恐ろしいほど何でも一瞬にしてその場から消し去ることができた。
その力の前では、今日の軍事力も科学も、呪いすら、何もかもが無力だった。
簡単に言えば、古代伝承の中に現れる神のようだった。 何故かというと、男のまわりには何か薄いヴェールのようなバリアーのようなものがあって、ボーっと鈍く光っており、直接触れることができないからだった。 それは人の手であったり、弾丸だったり、太陽の日差しだったり、重力であったりするのだった。
もしかしたら、空気も水も男に触れられないのかもしれないと思うほど、男は何も口にしないし、何も言ったりしなかった。ボーっと鈍く光りながら、フワァリと地面から浮いた状態で歩いているのだ。
ただ、何かを消し去ってしまうとき、口元がほんの少し動くので、何かをしゃべっているのだろうが、その声を聞いたものはひとりとしていなかったのだ。
救世主は、ありとあらゆるものを消し去った。
あるときは、漁師の船に覆い被さろうとしている大津波。
あるときは、異常気象からくる寒波による低気圧。
あるときは、大量のスギ花粉や中国からの黄砂。
あるときは、雨上がりの崖崩れで落ちてきた大岩。
あるときは、飲酒運転して暴走し、子供と老人を跳ねそうになった車。
あるときは、献金が発覚し、隠蔽しようとした大物政治家とその秘書。
あるときは、麻薬取締法違反の薬物中毒な若者グループ。
あるときは、地球に接触するといわれていた隕石。
あるときは、某アジア国が保持している核爆弾とその施設。
などなど、大きなものから小さなものまで、人だったり自然だったり有機物だったり無機物だったり、何もかもが思うがままに、という感じだった。
そんな救世主だからこそ、各方面から狙われた。
ありとあらゆる場所から、スナイパーやら殺し屋やら、しまいには軍まで動いたこともあった。 背後に立つと撃たれてしまう、というかの有名な殺し屋でさえ、救世主を殺すことはできなかった。
そして近年になってようやく救世主を狙うものなどいなくなった。無駄な行為だというのが身にしみたからだ。なぜなら核爆弾に直接当たっても死なないのだから。
救世主がいないところでは相変わらずだったが、それでも毎日いたるところで確実に何かが消えていった。救世主は恐れられたり、崇められたりと、そんなふうに月日が流れた。
長い長い年月のなかで、いつしか救世主は恐れられ崇められることが定着し、人々の中で、崇めるということは神に手を合わせる毎日の習慣であり、消される行為は天罰、のような認識に変わってしまった。
つまり、本当の神のような存在になってしまい、誰もが意識することなく過ごすようになってしまった。そうして人間は更なる進化を遂げることとなった。
あるとき、どこかの国の道ばたで、救世主が立ち止まった。
だれもそれを意識することはなかった。すでに歩いているのは救世主くらいで、皆はテレパシーで話をしながらシャトルに乗って移動していた。
地球上からは緑と水が消えかけていた。
急に皆の頭に声が響いてきた。
...
最悪だ。なんだこのざまは。
私が悪意を消し去っている間に、人間はここまで進化したというのか。しかも身勝手に。
私にうまく押し付けて、勝手に進化しおって!
そもそも私は救世主ではない。
遥か昔に神に背き、戦いを挑み、死ぬことを認められないという罰を与えられてしまった、ただのまぬけな罪人のうちのひとりだ。
死ぬことを認められていない、というと聞こえがいいが、何をしても死ぬことができないだけなのだ。本当ならば、しばらくして神より死を与えられるはずだったが、運悪く私だけ忘れられてしまったのだ...。
今までの善意?とんでもない。
私がこれからも死なないであろう世界を、おまえたちの勝手で汚されたくなかっただけだ。
私が目を離したすきに、やれ科学だの文明開化だの、核だの汚染だの温暖化だの人口肥大だの、どう考えても悪い方向にしか未来が進んでいないではないか。
これでは今後、また数千年、いや数億年という月日を、山の中で静かにゆっくりと進化を続ける生物とともに生きていくことができないではないか!
最後に救世主は、静かに目を閉じてこうつぶやいた。
「人間よ、みんな消えてしまえ」
いつのまにか誰もが知っていて、どこにでもふと現れるような存在のその男に、誰もが注目するようになっていた。
男はまだ若く、黒く長い髪を後ろに束ねていた。服装は現代のものとはほど遠く、一枚の布をうまく巻いてまとっているだけで常に裸足だった。まるでギリシャ神話にでてくる神のような格好をしていた。
その男は次第に皆から「救世主」と呼ばれるようになった。
なぜならその男は、通常の人間では考えられない力を備えていたからだ。
男が思ったことを言うと、大小問わず、男が「悪」と判断したものに対して処罰を与えることができたからだ。
その男は「思うものを消し去ること」ができた。
恐ろしいほど何でも一瞬にしてその場から消し去ることができた。
その力の前では、今日の軍事力も科学も、呪いすら、何もかもが無力だった。
簡単に言えば、古代伝承の中に現れる神のようだった。 何故かというと、男のまわりには何か薄いヴェールのようなバリアーのようなものがあって、ボーっと鈍く光っており、直接触れることができないからだった。 それは人の手であったり、弾丸だったり、太陽の日差しだったり、重力であったりするのだった。
もしかしたら、空気も水も男に触れられないのかもしれないと思うほど、男は何も口にしないし、何も言ったりしなかった。ボーっと鈍く光りながら、フワァリと地面から浮いた状態で歩いているのだ。
ただ、何かを消し去ってしまうとき、口元がほんの少し動くので、何かをしゃべっているのだろうが、その声を聞いたものはひとりとしていなかったのだ。
救世主は、ありとあらゆるものを消し去った。
あるときは、漁師の船に覆い被さろうとしている大津波。
あるときは、異常気象からくる寒波による低気圧。
あるときは、大量のスギ花粉や中国からの黄砂。
あるときは、雨上がりの崖崩れで落ちてきた大岩。
あるときは、飲酒運転して暴走し、子供と老人を跳ねそうになった車。
あるときは、献金が発覚し、隠蔽しようとした大物政治家とその秘書。
あるときは、麻薬取締法違反の薬物中毒な若者グループ。
あるときは、地球に接触するといわれていた隕石。
あるときは、某アジア国が保持している核爆弾とその施設。
などなど、大きなものから小さなものまで、人だったり自然だったり有機物だったり無機物だったり、何もかもが思うがままに、という感じだった。
そんな救世主だからこそ、各方面から狙われた。
ありとあらゆる場所から、スナイパーやら殺し屋やら、しまいには軍まで動いたこともあった。 背後に立つと撃たれてしまう、というかの有名な殺し屋でさえ、救世主を殺すことはできなかった。
そして近年になってようやく救世主を狙うものなどいなくなった。無駄な行為だというのが身にしみたからだ。なぜなら核爆弾に直接当たっても死なないのだから。
救世主がいないところでは相変わらずだったが、それでも毎日いたるところで確実に何かが消えていった。救世主は恐れられたり、崇められたりと、そんなふうに月日が流れた。
長い長い年月のなかで、いつしか救世主は恐れられ崇められることが定着し、人々の中で、崇めるということは神に手を合わせる毎日の習慣であり、消される行為は天罰、のような認識に変わってしまった。
つまり、本当の神のような存在になってしまい、誰もが意識することなく過ごすようになってしまった。そうして人間は更なる進化を遂げることとなった。
あるとき、どこかの国の道ばたで、救世主が立ち止まった。
だれもそれを意識することはなかった。すでに歩いているのは救世主くらいで、皆はテレパシーで話をしながらシャトルに乗って移動していた。
地球上からは緑と水が消えかけていた。
急に皆の頭に声が響いてきた。
...
最悪だ。なんだこのざまは。
私が悪意を消し去っている間に、人間はここまで進化したというのか。しかも身勝手に。
私にうまく押し付けて、勝手に進化しおって!
そもそも私は救世主ではない。
遥か昔に神に背き、戦いを挑み、死ぬことを認められないという罰を与えられてしまった、ただのまぬけな罪人のうちのひとりだ。
死ぬことを認められていない、というと聞こえがいいが、何をしても死ぬことができないだけなのだ。本当ならば、しばらくして神より死を与えられるはずだったが、運悪く私だけ忘れられてしまったのだ...。
今までの善意?とんでもない。
私がこれからも死なないであろう世界を、おまえたちの勝手で汚されたくなかっただけだ。
私が目を離したすきに、やれ科学だの文明開化だの、核だの汚染だの温暖化だの人口肥大だの、どう考えても悪い方向にしか未来が進んでいないではないか。
これでは今後、また数千年、いや数億年という月日を、山の中で静かにゆっくりと進化を続ける生物とともに生きていくことができないではないか!
最後に救世主は、静かに目を閉じてこうつぶやいた。
「人間よ、みんな消えてしまえ」




