朝起きたら、世の中は大変なことになっておりました。
新聞やTVを一切、目にしないわたくしがそのことに気付いたのは、近所のコンビニにマンガを立ち読みしに行ったからです。そうでもしなければ、わたくしの身も危ないことになっていたに違いありません。
それは『通常禁止用語条約』が可決された為です。
巷は朝からその話題で持ちきりだったのですが、世間様に背を向けて生きているわたくしとしましては、知る機会がないばかりか、人に会うことすらまばらな毎日を過ごしておりますので、危険窮まりない状態でした。
『通常禁止用語条約』とは、一般会話の中で、使用してはいけない言葉、というのが世界125カ国で統一された、ということだそうです。詳しいことは、未だわかっておりません。
何故危険か?と申しますと、その禁止用語を曲がり間違って口にした場合、そこらじゅうにウジョウジョ徘徊する警察官に、即、連行されてしまうばかりではなく、一般市民に通報されてしまうからです。
一般市民の方々には、『1通報あたり10万円』の懸賞金が用意されているので、皆さん血眼です。このご時世ですもの、仕方ないと言えば仕方ないのでせう。
『通常禁止用語条約』に指定された言葉は30語ほどですが、それもランクに分けられています。
一般市民の懸賞金は一律ですが、禁止用語刑務所のお勤め期間(懲役期間)は、ランクによって変わります。
レベル5が一番罪が重く、レベル1が軽い、といった状態で、レベル5で連行された場合、お勤め期間は、『無期懲役』です。レベル4から1までは20年ずつ懲役期間が減っていく、という形になっています。
『無期懲役』から20年間ずつ減っていく、という決まり自体が、かなりアバウトなのですが、何故そうなっているか?というと、殆どの人が『無期懲役』という罪を犯してしまう為、その下の罪はほとんど実行されることがない、という状態だからだです。
その無期懲役の中のひとつの言葉をご紹介いたします。
『えーっと』です。
戦後、日本は産業革命により、破滅した国家を飛躍的に建て直し、一般市民の生活レベルまでを上げてまいりましたが、その為に失われたものがあります。それは人間としての決断力や、強い意思などです。
「えーっ と」という言葉には、迷いが感じられるということで、No!とちゃんと言えない日本人には、この言葉が一番重い罪となってしまったのです。そういえば 「NOと言えない日本人」という本もありました。あれは未来を予測し、現代人に今の条例を警告する意味で出版された本なのかもしれません。今となってはそ の意味を知る人は、あたくしくらいでしょうけれど。
そこで、コンビニでそのことを知ったわたくしは、早速マンガではなく新聞を立ち読みしたわけですが、どの新聞も一面はこの話題で持ちきりでした。
真剣に新聞に目を落としていると、「御用!御用!」と言いながら、何人かの警察官がコンビニの中にすごい勢いで入ってきて、レジ前にいるひ弱そうな学生らしき人物を、かついで消えていきました。
ひ弱そうな学生は、青ざめた表情で、口から言葉にならない音を「ヒューヒュー」と発しながら、なされるがままに、かつがれて行ってしまいました。
その時、コンビニにいた数人の客達の噂によると、ひ弱な学生らしき人物が、レジでおでんの具を選んでいる際に、「えーっと」と口走ってしまったそうです。 それはいけません。レジの前には、この条例を警告するかのように、『商品は確実に選んでからレジにお越しください。』という、昨日はなかった張り紙までも ご丁寧にしてあります。
さらに少し時間が経過したかと思いきや、バタバタと数人の警察官がコンビニ内に「御用!御用!」と入ってきて、レジに立っていた中年らしき店員をかついで消えていきました。
噂をコソコソと聞くために、レジ周りになんとなく製品を選ぶふりをして立っていたわたくしは、その一部始終を聞いておりました。
噂をしている人物が、店員に「おでんの具はどれがお勧めなの?」と聞いたところ、店員が「えーっと」と口走ってしまったのです。
わたくしが『アチャー!』と思うのと同時に警察官が入ってきたのには、かなり驚きました。店内にはきっと、小型盗聴マイクがありとあらゆる場所に仕掛けられているに違いありません。
この様子からして、昨夜一晩で、町中、どこもかしこも、監視カメラやマイクが仕掛けられた様子です。(立ち読み続行)
わたくしもうかうかしてられません。こうなったら、今日はまれに何の予定もないので、家に帰っておとなしくしているしかありません。レジ近くにあった、液晶TVに映し出されていた映像では、すでに『反通常禁止用語条例』のデモが始まっている様子です。
こうなったら他人任せです。何故なら、自分ではどうにもできそうにありません。どうやっても口走ってしまいそうだからです。
コンビニを後にする際、迷わず一つ買った品物が、ガムテープだったことは言うまでもありません。この際、口周りがかぶれるからやだ!とか言ってられません。
素晴らしいことわざ(謎)を思い出してください。
『明日は我が身』です。いえ、明日どころか、『一瞬先は我が身』なのですから。
...ォォ恐。モゴモゴモゴ。




