何年も。
持病の難聴にヘッドフォンがよくないことがわかってからも。
仕事中のヘッドフォンは、集中力を高めるため。雑音をシャッタアウトするため。
だから音楽を聴いていなくても、いつもヘッドフォンをしていた。
昔から音楽が大好きで、CDを買いあさっては、手放してをくりかえしてきた。
ハードコア以外は何でも聴いた。ジャンルを指定せず、聴いたときに、直感で良いと思える曲を常に探し続けていた。
何百枚ものCDが手元にあっては、なくなっていった。
音楽がデータで購入できるようになってからも、わたしのそばには常に音楽があった。
基本は気に入った曲ばかりをヘビロテ。
気に入らないというか、普通に思える曲は、一度きりしか聞かない場合もある。
生意気だけれど、アルバムの曲全てが気に入ったと思ったことが一度もないくらい。
テープの時代は編集しまくって、そのあとMDが出たときは速攻飛びついて編集しまくって、CDが焼けるようになってからはもう、CDで手元に置かなくなってしまった。
そんなふうに10代後半から音楽にどっぷり浸かっていて、わたしは音楽がないと生きていけないんだと思っていた。
そんなふうに10代後半から音楽にどっぷり浸かっていて、わたしは音楽がないと生きていけないんだと思っていた。
でも、30代になって音楽がもっと別の意味を持つことに気付いた。
わたしは音楽に記憶をリンクさせている。
どんなに忘れてしまったと思っていたことも、背景にあった曲を聞くだけで、走馬灯のように脳裏に蘇るのだ。
あの時、新宿六丁目で、20階建てのビルの非常階段に忍び込んで、最上階の手摺りだけの踊り場で、手摺りに腰をかけて話しをした。
遠くに蜃気楼みたいに、高層ビルが瞬いていた。高層ビルの赤く点滅する光が、大きな怪獣の目のように見えた。
そんな些細な日常の1ページを、ドラマのように生き返らせるのがわたしにとっての音楽だ。
わたしだけのドラマのBGMになっている。
それがあまりにもリアルすぎて、未だに聴けない曲や、聴くと当時の感情がワーっと放たれる唄がある。
わたしにとって音楽は、完璧にわたしの脇役となっているのだ。
その脇役にわたしは感情を振り回されているわけで...。
そんな中で、懐かしいような、切ないような、悲しいような、嬉しいような、暖かいような、そんな気分にさせてくれる曲がある。
どんな時でも、この曲は定番で、ただ聴くだけのBGMにもなるし、何回聴いてもじっくりとヘッドフォンでも聴きたくなる曲だ。
はじめて曲を聴いたとき、コンピレーションアルバムの1曲だったので、さらりと聞き流すつもりが、「あっ」と思った。
激しくビビビ!ときたわけでもなく、なんとなく、すーっとわたしのなかに入ってきた。
あとから調べたら、日本より海外での評価が高い曲だった。そしてたくさんのコンピアルバムに収録されていることがわかった。
そして面白いことに、この曲は、常に聴いているからなのか、この曲自体に、思い出という記憶がはっきりとは存在しない。
本当にただ、懐かしいような、切ないような、悲しいような、嬉しいような、暖かいような、そんな気分にほんわかとさせてくれるだけで、そこに何もないのだ。
ある日、会社で残業していて、まわりに誰もいないと思って、集中力を高めるために、この曲をMacのスピーカーから全開でかけていた。
少し離れた席で総務の友達が残っていたらしく、彼女がわたしのところにきたのでビックリして「ごめんなさい、うるさかったでしょ」といったら、「いいえーそれどころかすごくリラックスできちゃって...何ていう曲ですか?」と聞かれた。
そんなことが幾度となくあった。
南国が好きなわけでも、リラクゼーションミュージックがとりわけ好きなわけでも、ない。
モンドグロッソが好きなわけでも、Hibiki Connectionが好きだからというのが理由では、ない。
頭をクリアにしたいとき、集中したいとき、音楽でリラックスしたいけれど、わたしの場合、そんなときに音楽を聴くと、記憶が蘇って邪魔になる。
でもこの曲はそんなときでも、そうでないときでも、今まで何百回と聴くことができた曲なのだ。
何故良いと思っているのかが本人もよくわかっていない。むしろ理由が知りたくてしょうがない。
たぶん、曲としてではなく、音として体が受け入れているのだと思う。
歌詞があるわけではないから、感情移入をするわけでもない。
打ち込みの部分の音と、生演奏の音と、何が特別なのかもわたしには区別できない。
ただ、事故で右耳の聴力を失ってからは、左耳が特別なものになっていた。
わたしにとって、世界はモノラルだ。
決してステレオになることはない。
CDだって、どんなにステレオで良く魅せている曲だって、わたしにとってはすべてモノラル。
ヘッドフォンで聴こうものなら、ステレオをモノラルに変換してからでないと、全ての音を耳が拾えない。
そんな耳に心地よく聞こえる曲、バランスの良いと思える曲なのだろうか。
わたしには貴重な曲なのかもしれない。
こんな想いにさせてくれる曲に出会える気が、何故かしないのだ。
今までも、そしてこれからも。
それでも淡い期待とともに、また、毎日音楽を聴き続けるのだ。





