珈琲を入れる時っていうのは、多分だけど、珈琲が純粋に飲みたい時と、何かを思い出したり、考えたりしたいときに、ドリップするという一連の行動が行いたい時とに分かれる。
...少なくともわたしの場合は。
わたしは自作のリネンネルを使ってドリップする。
ネルはまず、お湯で湿らせておく。
そしてドリッパーの上に、自作のリネンネルを設置。
ここは丁寧に。ネルがよれたりしないように。
豆は摺り切り一杯分。濃いめに焙煎された粗めに挽いた豆。
最初に熱湯を数滴、豆の上に垂らす。
そして豆を蒸らす。
少ししたら、ネルの縁のほうから、ゆっくりと回しながら、一定の速度でお湯を注ぐ。
遅すぎず、早すぎず、ドリッパーから落ちる、黒茶の雫を見つめながら。
ネル内のお湯も豆が浸る程度に、速度を調整する。
だから、ドリップは忙しい。
本当は忙しいはずなのに、わたしはいつも、何か別のことを考えている。
多分、思い出している。
それは豆の匂いから導き出される記憶であったり、全然別の、何で今このことなんだろう、っていうことだったりもする。
そんなふうにドリップをしながら、わたしはいつも、トリップしているんだ。
過去から未来から現在へ。
そして引き戻される瞬間はいつも、おいしい珈琲が入れ終わる現実なのだ。





