「あんた、あの合格した大学だけど、入学は認めないからね。」
完全に常軌を逸した母の発言である。今も鮮明に覚えている。あの、一切の反論を受け付けないと腹を括った母の表情を。
高校時代、さして成績の良くなかった息子がなんとか試験に合格した地方の大学。確かに第一志望の東京の大学では無いが、この息子にしては充分に褒められる結果だったはず。このご時世、私立の大学に人一人送り出すだけでも大変な中、まして体たらくな息子に対して言うべき発言では決して無い、と当時の私は思った。
「何言ってんの?なんとか合格したのに、行かないとかあり得ないっしょ!」
当然な私の反論。
「ダメよ、あの大学に払うお金は1銭もありません。」
と、頑なな母。
「だったら、受験する時点で受けるな!って言えば良かったじゃん。今合格してんの、そこしか無いんだからさ」
と、当然な意見を主張する私。
「そもそも、本当に受かってんの?間違いじゃないの?どれ、合格通知見せて見なさいよ」
と、あくまで徹底抗戦の構えを見せる母。
「バカじゃないの?これ、見てみろよ!この合格って文字が見えないの?」
と、事実を見せつける私
「あー、見えないわねー。こんなの良く分からないものはいらないわね」
ビリビリ。合格通知を破り捨てた母。その表情は言い様のない達観した表情だった。
絶句した私に、母はこう続ける。
「あんた、これ持って予備校の手続きしてらっしゃい。でもチャンスは一年だけよ。はい、話は終わり」
とエプロンのポケットから出てきたのは封筒に入った予備校の学費50万円だった。
ものすごく、悔しかった。合格したことを祝ってもらえて、大学生になることを祝ってもらえるとばかり思っていた。それなのにこの母は一切喜ぶどころか、なんなら小バカにされた気がした。息子の合格通知を目の前で破り捨てる母親なんて見たことも聞いたことも無かった。
それから1週間後、私は予備校に通い始めた。母の言いなりになったとは思ってなかった。
毎日毎日早朝から予備校に通い続けた。夜も閉館になるまで自習室に篭って英単語をひたすら覚えた。
授業の無い土曜日も予備校に行った。朝から、晩まで。
ゴールデンウィーク、夏休み、現役で大学に行った同級生が帰省してきて同窓会をやるという。全て断って勉強した。
ありとあらゆる模擬試験を受けた。
それこそ、周りの人に真剣に心配された。母以外に。
二度目の大学受験。去年の屈辱とこの一年全てを勉強に注いだ意地と母への反抗から、希望の東京の大学だけに絞った。
結果、手にした合格通知を母に見せつけた。全てはこの瞬間の為だったと言っても過言じゃない。手放しで、笑顔で喜ぶんじゃないかと思った母は、
「ふーん、合格したんだ、良かったじゃない。」
それだけかよ!おい、この一年やって来てそれだけかよ?もっと喜べよ!
そのまま私の言葉も聞かずに母は出かけて行った。
完全に納得のいかない私を父が書斎に呼んだ・・・。
「お前、去年母さんがなんであんな事したか知ってるか?母さんはな、去年賭けに出たんだ。高校の時のお前のだらしない姿を見て、このままじゃいけないんだってずっと心配してた。あんな中途半端だったお前が、たまたま合格した第一希望でも無い地方の大学に行くことがお前の為にならないって思って合格通知を破ったんだ。お前は小さい頃から、東京に行くって言ってたじゃないか。それを、簡単に諦めさせたく無かったんだ。だからあんな、まあ荒業だがな賭けに出たんだよ。そりゃ、一年予備校に行けばお前が希望の大学に合格して、東京に出る事が出来るなんて保証は無いさ。そりゃあこの一年の母さんの心配は言葉じゃ言い表せないよ。だけど、お前は目標を達成して今年合格できた。つまり母さんは賭けに勝ったんだ。そして、誰よりも喜んでるよ。大学に合格したってことじゃなくて、お前が目標をしっかり見据えて頑張ることが出来たってことにな。」
「あとな、母親ってのは、特に息子の場合自分の元から巣立っていくということは、もう戻って来ないんだっていう覚悟で送り出すんだ。だからせめて、息子を失う代わりに、うちの息子は○○大学に入って東京にいるっていう自慢できる材料を残してあげなくちゃな。それが無かったらかわいそうだろ。まあ、いずれにしても母さんの作戦勝ちだな!母は強しってな」
言葉が無かった。
という、最後の父親みたいなセリフをいつか渋く決めてみたいぜ!という妄想な今週号でした。いやー、普段寡黙な父親が、最後に静かに締める!かっこいいわー。ちょっと出来の悪い息子と、肝っ玉の座ったように見せかけて実は臆病な妻が必要です。
ちなみに、このシチュエーションが一番似合う父親イメージは寺尾聰をおいて他にはいない。ちなみに母は余貴美子で決まりだ!
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